伝統歌舞伎保存会
歌舞伎は重要無形文化財に指定されていますが、伝統歌舞伎
保存会は、この[無形文化財歌舞伎]の保持者の団体として文
部科学大臣の認定を受けています。歌舞伎に携わる俳優、竹
本、長唄、鳴物、狂言作者のうち、舞台経験20年以上の技芸優
秀な者が選ばれて会員になっています。いわば歌舞伎をリード
し、指導してゆく立場にある人たちの集まり、歌舞伎の中核とな
る団体だと言っていいでしよう。

人形浄瑠璃文楽
写真を使って出来るだけやさしく文楽公演の解説をしたい
」との想いから集まった「楽々連」が、平成10年から11年に
かけて上演された演目を公演ごとに作成したものです。少々
古くなったので、化粧直しをしました。文楽三大名作(菅原伝
授手習鑑、仮名手本忠臣蔵、義経千本桜あるいは絵本大功
記)や近松物(曽根崎心中、冥土の飛脚)などで解説できれ
ばよいのですが、残念ながら既存の解説を使ってのリメイク
ですのでそれらはありません。
   
   
 
歌舞伎俳優名鑑
日本俳優協会の前身は、明治・大正・昭和にわたり活動した日
本俳優組合です。この組織は、明治22年(1889)に設立された
「東京俳優組合」にはじまり、その後「大日本俳優組合」「大日
本俳優協会」など名称は何度か変わっていますが、昭和21年
(1946)まで半世紀を超える歳月を、一貫してプロの俳優の組
織として、激動するわが国の近代史の中で活動してきました。


文楽人形工房
菱田雅之の活動、人形の首(かしら)の解説・創作行程、 大
阪・徳島の工房で月1回行われている人形教室の様子、修
繕した首を使って演じられた演目の動画などを紹介していま
す。人形や人形教室に対するお問い合わせなどお気軽にお
問い合わせください。


 
 
社団法人能楽協会
能の源流をたどると、とおく奈良時代までさかのぼります。この
長い歴史の中で能楽は様々な発展を遂げてまいりました。一方
で古くから続く伝統芸能としてのきまりや約束事もたくさんありま
す。そういった能楽に関するあらゆる情報を「能楽事典」としてま
とめました。能楽鑑賞の予備知識として、また画像および音声
等は2次利用できませんが、様々な参考資料としてご活用くだ
さい。

鼓 動
太鼓を中心とした伝統的な音楽芸能に無限の可能性を見い
だし、現代へ の再創造を試みる集団。「鼓童」とは、人間にと
って基本的なリズム、心臓の「鼓動」から音をとった名前です
が、それは大太鼓の響きが母親の胎内で聞いた最 初の音、
心臓の鼓動につながることからきたものです。そしてそこには、
「童」のように何ものにもとらわれることなく、無心に太鼓をた
たいていきたいという 願いがこめられています。

 
 
能面のページ
時が流れ、山河の姿が変わり、いにしえからの習俗が滅びて行
く時代にあってもふるさとを ;愛し、くらしを愛し、生きることを愛
する人たちのドラマ、歴史が、そして想い、祈りが、町や村に息
づいています。それは、豊作の祈りを込めて作った田の 神であ
ったり、祭りに舞う面であったり近隣の町内で力量を競ってきた
立派な山車であったり、現在、重要文化財としてようやく保護さ
れた数多くの伝統のなご りとなっています。
古雅楽之会
平安朝雅楽の普及、伝承を目的として、平安朝雅楽、中世雅
楽、そして近代雅楽に至るまでの研究活動を行うとともに、演
奏、稽古、そして指導員の養成活動を行っている雅楽団体です。




 
  
 
弓馬術礼法小笠原教場「小笠原流」
小笠原家は初代小笠原長清に始まる清和源氏の家系です。
小笠原長清は応保2年(1162年)甲州に生まれ、父は加賀美
二郎遠光、母は和田義盛の娘です。最近までは甲府郊外に小
笠原村がありましたが、現在は南アルプス市となっています。




日本の伝統音楽
伝承されず消滅していった音楽や様式が多く、記録だけに名
前を留めるものも多い。古代では外来音楽として日本に入り、
奈良・平安時代に貴族社会に定着していった雅楽が代表的
古典音楽だ。中世では当時の武家社会の姿を留めながら現
代に伝えられた能(古くは猿楽能)があり、近世に入ると江戸
時代を代表する音楽となった浄瑠璃にスポットがあたる。